伊福部昭の音楽のフィルモロジー
その6 音楽演出の種類 後半
ボクが伊福部先生と初めてお会いしたのは、1980年の夏、東京音楽大学の夏期講習会の時でした。当時ボクは高校3年生の18歳、先生は66歳で、ちょうど「ラウダ・コンチェルタータ」の初演(‘79)を終えられ、また1977年に当時の東宝レコードからリリースされた「伊福部昭の世界」というLPレコード(!)をキッカケにゴジラ音楽のブームの兆しもあり、伊福部音楽再評価の頃でした。
夏の暑い日、真っ白な麻のスーツに蝶ネクタイの先生に初めてお会いした感動は、今でも鮮明に脳裏に焼き付いています。
「あのリトミカやラウダを作曲した伊福部昭が目の前にいる!」
全身の毛穴から汗が吹き出るのを感じていました。緊張の中での初レッスンでしたが、生意気にも自作品を持参し、受験講習というより作曲のレッスンをして頂いたのは若気の至りでした。
実は、その頃はまだ「ゴジラの音楽=伊福部昭」という概念は全く無く、純音楽作曲家として憧れていて、東京音大に入学してから、その映画音楽の足跡を知るのでした。
作曲のレッスン中や、普段でも学生には映画音楽の話はほとんどしなかったので、当初は知る由もないのですが、ゼミの外部生(なんと当時の伊福部ゼミは部外者でも参加できました!)に映画好きの方がいて、かなりレアなことを先生に尋ねるのを横から聞いて、「あのゴジラの音楽は伊福部先生だったんだ!」と分かった次第でした。結果的に今、映像音楽の仕事をしているのも、この時代にいろいろと刺激を受けたからでした。
《音楽演出の種類》
今回は、前回からの続きで映画における音楽演出の種類の後半です。
前回の音楽演出の種類は、
1) 説明・描写・表現
2) 音楽の三要素による効用
をご説明しました。あとの3つをこれからご説明します。
3) インタープンクタス(正攻法)とコントラプンクタス(対位法)
先生はラテン語での表記が最も学術的な表記であるとの考えから、しばしばラテン語で教示しました。このインタープンクタスとコントラプンクタスもラテン語ですが、一般的にはドイツ語のインタープンクト(Interpunkt)やコントラプンクト(Kontrapunkt)と表現することが多いです。
日本語では、正攻法と対位法と和訳されています。
インタープンクタス(正攻法)⇒
楽しいシーンに対して楽しい音楽、アクションシーンに対して激しい音楽
コントラプンクタス(対位法)⇒
悲しいシーンに対して明るい音楽、アクションシーンに対して落ち着いた音楽
上記のようにインタープンクタスは、シーンと音楽の情感に同一性があるのに対し、コントラプンクタスはその逆を用いて演出的な効果を生む企図があります。
具体的に戦争映画で例にすると、インタープンクタスは「地獄の黙示録」の際に「ワルキューレの騎行」を用いて戦闘の狂気を表現していますし、これに対してコントラプンクタスは「プラトーン」での「弦楽のためのアダージョ」の使用で、ここでは戦闘の悲惨さを演出しています。
伊福部先生の講義でよく例に出されるのは、チンドン屋の親方の臨終の際に悲しい音楽を付けるより、若い頃演じたチンドン屋の音楽がより悲しみを増幅させる効用があるというお話です。
これらは、前回にも述べた音楽の先入観や誤解を利用した効果によるものです。先生はよく「怪獣映画はインタープンクタスだけで押すんですよ」と仰っていましたが、確かにゴジラシリーズはこの手法がほとんどと言えます。それに対して、先生のデビュー作になりますが「銀嶺の果て」の有名なスキーシーンの音楽付け、監督はワルツのような楽しい音楽をリクエストしたが、先生はイングリッシュホルンの独奏で物悲しい旋律のみを付けました。これは典型的なコントラプンクタスですが、当時としては斬新な音楽の付け方で、監督と論争になったのは有名な話です。
4) ライトモチーフ
元々はクラシック音楽の用語ですが、オペラや交響詩に用いられた手法でした。登場人物や状況にモチーフ=短い旋律や動機を当て、長大な作品に音楽的統一感や状況描写をする効用がありました。
伊福部先生の映画では、なんと言ってもゴジラの主題でしょう。特に特徴的なのは、ゴジラが登場する時に当てるモチーフ(=トロンボーや低弦が重くffで奏でる)と、有名やドシラ・ドシラのモチーフ(‘54ゴジラでは自衛隊のモチーフでしたが)でしょう。「三大怪獣 地球最大の決戦」では、ゴジラ・モスラ・ラドンvsキングギドラの四つ巴を、4つのライトモチーフを使用し、絶妙に激闘を表現しています。
この手法はハリウッド映画でも多用されていて、スターウォーズのダースベーダーのテーマは、作品中にいろんなアレンジでシーンを効果的に演出していますし、むしろオペラ的な演出を図っているようにも思えます。
5) 引用法
クラシックや民謡などを、既にイメージが定着している曲を演出的に当てる手法です。この引用法で最も有名や映画は「2001年宇宙の旅」でしょう。全編既成のクラシックや現代音楽を使用し、スタンリー・キューブリック監督の名声を不動のものにしました。
伊福部作品としては、「ビルマの竪琴」で水島上等兵が奏でる「埴生の宿」(イングランド民謡)の使用が代表的です。これは、この曲自体にイギリス兵と日本兵の文化的共通項がある背景と共に、ビルマの民族楽器を用いると言う三国間の関係を象徴しているとも言えます。
但、この引用法で難しいのは、作曲家の音楽設計と監督の演出意図が一致するかどうかと言う問題です。先述した「2001年宇宙の旅」は、元々アレックス・ノースが音楽を担当していましたが、監督がオリジナル曲を没にし、全曲既成曲を当ててしまいました。また私事で恐縮ですが、「忠臣蔵外伝四谷怪談」で、監督がマーラーの交響曲1番の曲を引用したいと提案には当初戸惑ったことを覚えています。(結果的に個性的な作品になったわけですが…)
引用法は、注意深く使用しないと両刀の剣となってしまうのです。
次回は、かなり専門的になりますが音楽における「モンタージュ理論による音楽の付け方」のお話をしましょう。
お楽しみに♪